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Nossy(のっし-)です。



今回の話は『断捨離』(だんしゃり)について。



...というか、このブログでは実は何度も何度も

この話はしていて、


ほとんどボケた人みたく同じ事ばかり
話している始末なんですが、


大事な事は何度でも云っておこう、

忘れないように焼き付けておこう、



こういうノリなんですねぇ。



もうね、このブログ、

ブログというよりも最近は簡易メモですわ(笑)



メモっていうか、アウトプットですかね。


近頃、いまいち生産的なアウトプットが
出来てないのですが、


それでも、何かしらの方法で思想を外に出さないと

矢張、人間どんどん濁ってくる。




しゃべる、書く、描く、歌う、録る、撮る、...


何でもいいんですけど


兎に角、なんかで出しておきたいという。



僕にとってしゃべるの次に手っ取り早いのが

❰書く❱なんです。



しゃべる、も相手が要る訳で、

いつでも出来る訳じゃないし、

相手にある程度は配慮する必要もありますからね。




そういう意味では、❰書く❱が一番お手軽かも

知れませんね。



書く、って面倒くさいと思うかも知れませんが、

慣れてくると、すごい手っ取り早くて楽なモノだと

僕は思います。





それを生業としたら、ライターとか

小説家とか批評家とか、そういうのになるのかも

知れませんけれども。



村上春樹さんとか東野圭吾さんとか

『いやいや、アナタ達どんだけ書くんだよッ!』


って突っ込み入れたくなるくらい小説出てます
もんねぇ(笑)



ミュージシャンとかも、今の人は2、3年に
アルバム1枚とかそういうスピードだけれど、



ユ-ミンとか、ジュリーとか、

中島みゆきとか、矢沢永吉とか、


『ん?どうした?(笑)』



っていうくらいアルバム出しててビックリ
しますよ。

一回、ウィキペディアのディスコグラフィー
見てみてください。ヤバイから(笑)



『働きもんかッッッ!』



というか、表現する事が、イコール人生に

なっているんですよね、多分。



ピカソとかと一緒ですよ。



だから、世間の評価みたいな意味での

アルバムの出来/不出来なんてほぼ

気にしてないと思う。



じゃなけりゃ、あんな事にはならない(笑)



だって毎年カッチリ隙間なくアルバム1枚出す

事を20年以上もやってたら、


そりゃ、ずっと質が高い訳がないもん。



でも、彼らにとって質とかどうでもいいと
いったら失礼になるし、

すごい凝っているんだろうけど、


それよりも、


『今のこの瞬間を音で記録しておきたい!』


みたいな様に僕は思えますね。




質だけ完全に重視するのなら、

3年に1枚くらいにした方が多分もう少し

ネタが固まりそうな気がするもの。


でも、常に出し続ける、常に表現し続ける事に

よってしか、


行けない境地、生まれない名作がある。

彼らの仕事からはそれが学べますね。



だから、僕もこうやって書きなぐる様に、今、

文章を書いているんです。



その昔、学生時代に勉強がつまんなくて、

僕は図書館を利用する為だけに

学校に通っていた様な子どもだったけれども、



そこで出会った、芥川龍之介や太宰治の文章は

とても美しいと思った。



芥川龍之介の『河童・ある阿呆の一生』は

僕にとってのバイブルであり、



ビートルズでいう所の、『リボルバー』くらいの
衝撃があの文庫本にはある訳なんです。



あれほどポップで完璧で美しい短編小説の
文庫本を、僕は知らない。



そして、『人間失格』は日本の純文学作品の

最高傑作だと思う。




もうね、ホント、『にわかですか、キミは?』

と云われたら、『そうです』と云います。



だってね、上の話って、


『交響曲で何が好きですか?』

の答えに、



ヴェ-ト-ヴェンの『運命』です。

って答えてるようなもんだもん。



でも、いいもんはいい。『運命』もいい。

交響曲のある意味、完璧な姿の一つである。




僕は芥川龍之介の文章に魅せられた。


僕は(今はもうそんな状態ではないが)

『河童・ある阿呆の一生』という文庫本を


どこに行くにも持っていったね。


仕事のあいまの休み時間に読んだりしていた。


外で読んでて急に雨が降ってきて、

本がずぶ濡れになった事も何度もある。


今、あの本は多分実家にあると思うけど、

見事にボロボロである。


すっかり色褪せている。


でも、それがいいのだなぁ。




芥川龍之介はこんなムダで脱線しまくりの

文章は大嫌いだろうから、


見事に失格の烙印をおされてしまうでしょう。


でも、いいの。それは別にいいの。




こっちは音楽みたいに文章書いてんだもんね。


これは鼻歌です。



鼻歌に歌詞はないし、意味もありません。


だって、こんだけ書いたのに、まだ表題の


❰断捨離❱の話が一向にはじまる気配もない。



心配しないで、今からはじめる。

(誰も心配してない)




そう、断捨離だ。

実際、僕がこうやって馬鹿みたく書きなぐって
いる行為自体が、もう思考の断捨離だ。



思考はたまっていくから、常に出し続けたほうが

ホントは健康的なのです。



でも、今は、テレビにネットに兎に角

インプット過多である。


受け身、守りの姿勢だとほんとに

ゴリゴリに濁ってしまうのだ。



消費者の末路。




だから、取り敢えず僕は書いている。



この文章が支離滅裂なのは知ってる。

下書きもしてない。


しゃべるように、口笛のように書いてる。



ただただアウトプットの為だけだ。



断捨離はいい。



この世のモノはすべて

❰流れていないと腐ってしまう❱ように出来ている。


転がる岩に苔(こけ)は生えない、の原理である。


巌(いわお)になって苔だらけになっている

場合ではないのだ。



部屋の掃除。



自分の精神状態イコール部屋の綺麗さ。




これはホントに真実だと思います。


コレ、実体験。



皆さんも、精神的に疲れている時って

部屋が汚くなっていくでしょ?



これ、逆説的ですが、


部屋が汚かったら、精神が病んでいくっていうのも

云えると思うんです。



目に入る情報量が多いから、その処理で

いっぱいいっぱいになっちゃって、



頭がずっとバッファリング中になっちゃう。



そういう時は再起動してあげなきゃいけない。


再起動ってパソコンのいらないゴミを捨てる

作業ですから。



だから、思いきってバッサバッサ捨てよう。


精神が病みはじめたら、


今、使ってないモノは思いっきり捨てちまおう。



『この先、まだ使うだろうか?』




そう思う微妙なモノも沢山あると思います。


何か書けそうな紙、なんか袋、段ボール、

布きれ、なんだっけコレな封筒、書類、

文房具、服、靴、鞄、本、...



でも、ここ一週間まったく触ってなけりゃ

いらないよ。多分。



僕は捨てちゃいます。


そのあと、部屋全体をウェットシ-ト(100均)で

軽く拭きます。



一番意識しているのは、『トイレ』です。


トイレは出来れば毎日掃除したらいいと思います。


そして、トイレのフタは常に閉めておくのが
ベストです。


これは衛生的にも運気的にも良いのですよ。



なぜかトイレのフタを開けっ放しにしている

家や会社が沢山ありますが、


これはホントに閉めておくのをオススメ
しておきます。


ピッカピカにして閉めておいてください。

だいぶ精神的に落ち着きますよ。



ハイ。



そんな訳で相変わらずの脱線雑記ブログですが

アウトプット作業、ここまで-。




ではでは、


皆さんに幸せが訪れますように🌈✨



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